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領主の娘とパン
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まぼろし国の食卓より

18. はじめて人に振る舞う料理

 まかないを作る手伝いをしているうちに、ある日、クーシェルから「そろそろ一人で作ってみてもいいんじゃないか、お前は手際もいい」と、使用人用の食事をひとりで作ることを任された。
「たまにちょっと変なことをしようとするが」とか言っていたけど、褒め言葉として受け止めておく。

 そんなわけで今度の実験はぼくひとりだ。
 一応、クーシェルの監督下ではあるけれど。
 使用人用の食事で実験するなって? 日々実験、料理は一日してならず。なんでも試してはじめて気付きがえられるってもんよ。
 もちろんここにリリーはいない。ひとりで食事を作ることを任されたことをリリーに伝えたら、ちょっと不満そうにしていた。
「それじゃわたしは食べられないじゃない」ってことだと思う。

 さておき、調理だ。人に見られているけれど、特に緊張もしない。
 お嬢様で慣れたので。
 カブイモとセンジンを茹でつつ、タルネギをみじん切りにする。
 目に染みる。
 カブイモとセンジンが茹で上がったら、つぶして、バターを加えて混ぜる。粗熱を取る間に、みじん切りのタルネギをカモシシの脂で炒める。
 目に、染みる。
 飴色になるまで炒める。いやー、かまどが使えると便利だね。

 炒めたタルネギのみじん切りにカウェルの芯、ソーセージくずと水を加え、煮る。
 水にタルネギの色が溶け出して、琥珀色になる。いい色だ。
 煮込んでる間に、カウェルの葉を千切りにする。

 タルネギのスープからカウェルの芯を取り出す。タルネギの味が染みておいしい。悪いね、これはぼくのつまみ食い用。調理担当者の特権。

 バニッジを薄くスライスして、千切りのカウェルと根菜マッシュ、それからハムの切れ端を挟む。
 後は、スープを盛り付ければ完成だ。

 というわけで。
 きょうの使用人のまかないメニューは。

 タルネギの琥珀スープ。
 冬野菜のバニッジサンド。

 以上二品だ。

 ぼくの懐から材料費が出てるけど、言ってみればこれは投資である。
 これを食べて、冬野菜に対する認識が変わってほしい。


「これをトーマさんが?」

 ナーサラがぼくの顔と料理とを見比べながら聞いてくる。
 対するクーシェルは、胡乱な表情で料理をじっと見ている。

「煮込みのかわりがこのスープか? 具が全然入ってないように見えるが……」
「冷めないうちに食べてしまいましょう」

 爺は料理の見た目を気にしたふうでもなく、ためらいなくスプーンでスープをすくうと、静かに口に含む。爺の食事の作法は洗練されていて、どこかの貴族出身と言われても疑わない。

「ふむ……ほのかに甘みを感じますね。カブイモやセンジンとも違う味わいです」
「どれどれ、それじゃあ俺も……」
「わ、わたしも」

 爺に続いて二人もスープを口にする。
 口に含んだ瞬間、二人が目を見開いた。

「青臭いタルネギが、こうなるか……」
「おいしい……」
「タルネギの強い香りは、火にかけるといくらか和らぎます。特に脂の香りと相性がよくて、脂の獣臭さとタルネギの青臭さとで、ちょうど打ち消し合ってくれます」
「なるほどな」
「わたし、タルネギは苦手だったんだけど、全然クセがなくて、食べやすい……」

 という感じで、クーシェルとナーサラの評判は上々だ。
 爺も興味深そうに味わっていた。
 まずは及第点。

 ぼく自身の感想としては……まあ、悪くないかな、というところだ。

 やはり味が薄い。コクが足りない感じもある。
 あと一つ何か足せば、ぐっとよくなる気がするんだけど。

 ああ、塩が使えれば。
 砂糖作物がないから、甘味を加えるのは期待できない。
 蜂蜜は高すぎるし、香辛料も、入手困難だ。

 せめて塩くらいは自分で買えるようにならないとダメだ。
 次に行商人から何か買うときは、岩塩を忘れないようにしたい。

 スープの味見をし終えたクーシェルが言う。

「味は悪くないが、これだけじゃ腹は膨れないな」
「ふだんは煮込みが主役ですけど、きょうはバニッジが主役なので」

 そう言ってバニッジサンドを指し示すと、クーシェルは頷き、バニッジサンドを手に取る。

「このまま食べればいいのか?」
「ええ」

 おもむろにかぶりつく。
 シャクシャクとカウェルを噛む音が響く。

 爺はバニッジサンドを見ながら、しばらく何かを考えていたようだけど、ふと思い出したように口を開く。

「この食べ方は、ノルサントより東のものに似ていますね」
「ほう」
「文献で見ただけなので詳しくは存じないのですが、大陸の中南部では薄いバニッジで具を巻いて食べるという話があります」
「薄いバニッジ……バニッジを薄く、か。なるほどな」

 やっぱりパンで具を包む料理はあるらしい。それはそうだろう。サンドイッチと同じようなものは古代ローマには既にあったというし。

「この、カブイモ? センジン? 煮潰してあるのは、なめらかでおいしい……」

 ナーサラがうっとりと味わっている。

「カブイモとセンジンを両方煮潰してあります。水をそんなに使わなくてもできるので、そのぶんをスープにしました」
「一応考えてはいるわけだ」

 食べ終わったクーシェルがこちらを見る。

「食感は悪くないが、味はちょっと頼りないな」
「ええ」

 そのとおりだ。煮込みは煮込み単体で食べるぶんには味は悪くない。ただ、バニッジと一緒に食べると、その分味が薄くなってしまう。
 バニッジが薄味なので仕方がないのだが、ハムの切れ端を入れたくらいでは、いまいち物足りない味にしかならない。
 ここでも調味料が問題になってくるわけだ。

 とはいえ、バニッジサンドは個人的には気に入っている。
 マッシュした根菜のおかげで、バニッジのボソボソ感がかなり軽減されたし、シャキシャキとしたカウェルの食感がアクセントになって、まずまず良好だと思う。
 もうちょっと味の調整が必要だと思うけど、バニッジでもちゃんとおいしく食べられる方法があることがわかったのはよかった。

 みんなが料理を食べ終わり、ぼくの仕事ぶりに評価が下される。

 手応えはよかった。
 そう思っていた。

 けれども、クーシェルが出した答えは、厳しいものだった。

「ま、悪くはないが、これを俺たちの飯にするには贅沢すぎるな」
「そうね、ちょっと手間がかかりすぎかも」

 頭をハンマーで殴られたような思いだった。

「俺たち使用人は、屋敷の仕事が主だ。食事にかける手間の分、屋敷の仕事をこなすべきだろう」
「……それは、確かに」

 いつも煮込みばかり、バニッジとポリッジばかりなのは、それが安上がりで労力がかからないからだ。味をよくするだけなら、採算を度外視すればどうにでもなる。
 味をよくすることばかりに気を取られて、大事なことがわかってなかったのだ。
 ぼくのやったことは、調理使用人の仕事としては、全然だめだった。
 そんなふうに落ち込むぼくに、クーシェルが「だけどな」と、ぼくの肩に手を置いて、ニヤリと笑みを浮かべる。

「うまい飯を食ったほうが、仕事の士気は上がる。泥水すすってまで働く道理なんてないからな。だからこそ厨房係がいる」

 クーシェルが爺の方を見る。爺が頷くのを見て、こちらを向き直り、ゆっくりと口を開く。

「で、俺の判断だが……タルネギとカウェルは、食材として使える……カブイモほど安くはないが、それでもセンジンよりは安いしな」
「いい食材を見つけてきましたね。私が見込んだだけのことはあります」

 爺も笑う。ナーサラも、笑みを浮かべてこっちを見ていた。
 みんな……。

「これは普段の飯には採用できんがな。材料は仕入れてやるから、また作ってみろ。今度は、もっと手が込んでないやつを」
「……はい!」

 まだまだ改善しなきゃいけないことはたくさんあるけれど、ひとまずはよかったと思うことにしよう。
 なにより、タルネギとカウェルを仕入れてもらえるようになったのだから。
 冬野菜に対する認識を変えるという目的は、しっかり果たせたのだった。


 そうこうして調理使用人としての仕事をこなしつつ、使用人見習いの教育を受けつつ、お嬢様との時間を過ごしつつ、日々は流れていく。
 冬の寒さは増し、日は短くなり、冬至がやってきて、過ぎていき——。

 ぼくは、まだパンを作れないでいた。

 冬至から一ヶ月が経ち、今年も終わりを迎えようとしていた。

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