はい、ということでね。
きょうは、このタルネギと、カウェルをね、食べてみたいと思いますけども。
まずはタルネギから。
タルネギは、見た目はタマネギに似ている。球じゃなくて、中央の膨らんだ円柱、つまり樽状なんだけど、タマネギを上下に伸ばすとこういう形かもしれない。
香りは、タマネギというよりネギに近いかもしれない。葉も食べられるらしいんだけど、貯蔵の利く球根部を収穫してしまうので、あんまり食べないらしい。
皮をむく。やや緑がかった白色で、つるんとしている。でも、今ふわっと広がった香りは一層ネギっぽい。タマネギみたいな見た目の白ネギだなこれ。
スライスして、まずは生食してみる。
「あ、わたしも。ほら、わたしにも」
食べようとしたらリリーが手を差し出してくるので、ひとかけら渡す。
ためらいなく食べる。
「——!」
辛ッ!
な、なにこれ辛ッ!
「——辛っ! ううっ、なに……これぇ……」
リリーは顔をしかめてタルネギのスライスを吐き出す。
「水、水飲もう水」
マグに水を注ぐと、リリーに渡す。受け取るなり勢いよく飲む。
「まだピリピリする……」
……硫化アリルだこれ。この世界のそれが硫化アリルと本当に同じかどうかはわからないけど、ひとまず硫化アリルだと思っておく。
「リリーは辛いもの食べたことないの?」
「辛い薬を飲んだことはあるけれど、食事に辛いものを食べることはなかったわ。ううん、そうね……薬でもこんなに辛いものはなかったと思う。それに、ジナベルとかリンジャーの辛さって、こういう感じじゃなかったわ」
タルネギの辛みは、タマネギやネギを生で食べたときの辛さとほぼ同じだ。
これと違うってことは、アリル系の辛みではなさそうだということはわかる。
アリル系の辛みでないなら、コショウ、サンショウ、ショウガ、トウガラシ……どれかの辛さには近いと思う。あるいは地球にない辛さの可能性もあるけれど。
ジナベルもリンジャーもこのあたりでは貴重なようで、市場にいた行商人も取り扱っていなかった。
大陸西部では育たないのか、このあたりで流通することはないと聞いた。
香辛料の多くは暖かいところが原産だから、イスランドでは手に入りにくいのも道理だ。でもここは地球と異なる世界なんだから、寒いところで育つ香辛料があってもいいと思うけどね。そう都合よくはないらしい。
でも、男爵が買えるってことは、たとえばノルサントか、ノルサントと接する伯爵領の東部では買えるのかもしれない。
そのうちに食べる機会があったらいいなあ。
硫化アリルなら、水溶性の辛味成分だ。水にさらせば辛みは抜ける。
加熱するとどんな味になるか。
鉄鍋にカモシシの油をひいて、カットしたタルネギを並べていく。
揮発した成分が目に染みる。
「トーマ、どうして泣いてるの?」
「目に染みる。あ、いや、リリーはこっち来たら」
「んっ! なに、なにこれ!」
言わんこっちゃない。
ぐしぐしと目をこすっている。
「目が、痛いわ……」
「さっき食べて辛かったやつが、熱すると中の水分と一緒に空気に抜けるんだけど、その空気が目にしみるんだよ。あれだけ辛かったから、気をつけるべきだった」
涙が止まらない。
焼きあがる頃にはさすがに収まったけれど、いやあ、ひどい目にあったね。
「どうしてトーマはうれしそうなのよ……」
「こういう失敗も、料理の楽しみってことで」
気を取り直して。
焼きあがったタルネギを食べる。
今度は一気に食べたりしないで、ひとかじり。
うん……食べられる。
風味はネギみたいだけど、タマネギっぽい甘さがある。
「食べても、大丈夫、なの?」
「うん。もう辛くないよ」
おそるおそる食べるリリー。
「あ……本当だ……でもちょっと、草の香りがするわね」
「草の香りか。なるほどね」
「わたしは、少し苦手かも」
タルネギは確かにタマネギと違って少し青臭さが強いかもしれない。
水にさらしたほうはどうだろうな。
食べてみる。
辛くないし、甘くもない。青臭さもほとんどない。シャキシャキしてよい食感だけど、味としては物足りない。
「それ、生……よね? 辛くないの?」
「ああ、ええっと。この辛さは、水に溶けやすいから。さっき焼いてるときに辛さが空気に抜けたのもそのせい。水に浸けておくと辛くなくなるんだ。食べてみる?」
「じゃ、じゃあ、一口だけ」
焼いたタルネギよりもずっと警戒して、そっと食べる。
「ん……」
シャクシャクとゆっくり咀嚼する。
「本当ね……辛くない。草みたいな香りもしない。でも、焼いたもののほうは甘かったわ」
「たぶん焼くと甘みが出るんだと思う」
「ふうん」
タルネギで試したいことはもうちょっとあるけど、ひとまずだいたいわかった。風味はネギ、タマネギみたいな甘みがある。葉はもっとネギっぽいんだろうな。となるとあまり食べられないのもわかる。
この国の人たちは、たぶんネギの青臭さが苦手なんだと思う。
「じゃあ、次行ってみよう」
今度はカウェルのほう。
見た目はタケノコ状のキャベツ。タケノコ状というか、蕾状といったほうがいいのかな。葉をめくってみる。これはキャベツの外葉だと思う。葉をめくっていくと内側までけっこう青いけど、さすがに芯は白かった。葉牡丹の蕾があるとしたらこんな感じかもしれない。
ちょっと葉の肉質はやわらかい感じがするけれど、匂いもキャベツっぽい。ちょっと甘い感じのある香りがする。
「なんだか果物みたいな香りね」
「甘い香りがするからって油断したらいけない。こいつも生だと辛かったりする気がする」
キャベツもダイコンやカラシと同じアブラナ科で、アリル系の辛味成分を持つことがある。カウェルがアブラナ科かどうか——そもそもアブラナ科という分類が妥当かどうか——それはともかくとしても、油断してはいけない。
そっとひとかじりする。
あれ、辛くはない。けどちょっと渋いな……アクが強い。それからかなり青臭い。
青汁……というか、そうか、ケールか。
ケールはキャベツの原種に近かったと思うけど、これも野生品種に近いのかもしれない。品種改良したらキャベツみたいに結球するのかも。
「食べてもだいじょうぶ?」
「ちょっと草っぽいけど、はい」
少しちぎってリリーに渡すと、ゆっくりとかじる。
「ん……そうね……草の匂いだわ……それに……渋いわね……」
「生で食べるには向かないかもしれないね」
「かもしれないじゃなくて……生で食べたくないわよ……それに……火を通したら渋くなくなるのかしら……?」
渋い顔が戻らないままでリリーが懸念を口にする。
ごもっとも。
実際に試してみないことにはね。
「じゃあ、とりあえず茹でてみよう」
アク抜きの定番、茹でこぼし。
もともとやわらかい葉だけど、茹でるともっとしんなりしていく。
そっと湯からあげると、水で軽くすすぐ。
どれどれ。
「んー」
渋みとエグみが抜けてわかるのは、強い苦みだ。その奥にひっそりと甘みがある。うまいと思うけど、ちょっと個性的な味だ。これ単体で食べるよりは、サラダにするとか、付け合せにするとか……塩味とか脂には合うだろう。ソーセージと合わせるとちょうどよさそう。
「……苦いわ」
カウェルの味は、リリーはお気に召さなかったようだ。
これが男爵家で食べられてないのは、やっぱり癖が強いからなんだろうな。貴族が白い食事にこだわるのと関係があるかもしれない。
青い野菜が嫌いだから、白い食事……とか。当て推量でいい加減なことを考えてもしょうがないけど。
芯はどうだろう。
包丁の刃を当てるけれど、硬っ! とても硬い。
薄く、薄くスライス……スライスする。硬かった……。
味はどうか。かじる。
うん、ほのかに甘い。クセもほとんどない。
「そこ、食べられるの?」
「うん。こっちはなんともない」
「ふうん……あむ……本当ね。これは、食べられる。ちょっと甘い……かしら?」
「ただ、カウェル一個からこれだけしか取れないけど」
量が少ないのが惜しい。
「買ってきたのは、これだけ?」
「うん。冬はやっぱりなかなか食材が手に入らないね」
果菜を乾燥させたものとか、酢漬けとか、そういうものでも手に入ればと思ったけど、あいにく空振りだった。次に期待しよう。お金はまだあるし。