サフランのむらさきちかく蜜蜂の
典雅なる死ありき朝のひかりに
小池光『廃駅』
鈴蘭畑に立ち籠める毒霧を星屑が切り裂いていく。
視界前方に広がるのは、紫に煙る毒の弾幕と、その中を疾る流星が生み出す軌跡が散らした幾千の光の雨。
光の雨を生み続けるは箒に跨る黒い魔法使い。炸裂する弾雨を俊敏な動きで掻い潜っていく。まさしく流れる星のよう、いや、箒の描いた軌跡は現実に星を具現して毒人形へと降り注いでいく!
他方、毒霧の中心を見遣れば、そこにはまるで妖精が如き真紅の少女。否、あれは人ではない。人形だ。その場からはあまり動かず、降り注ぐ星雨を霧に紛れながら躱していく。
魔法使いもなかなか霧に隠れた人形のその位置を捉えることができないで、ただただ宙を駆け回るのみ。
が、少し焦れてきたのか、ふと彼女は普段使わない符を取り出して掲げた。あれは……なるほど、そうね。いい選択だと思う。
直後、毒霧のその向こう側に閃光が弾けた! 地に生まれたのは幾個もの光球、一寸の間の後それは炸裂し、地から天へと次々に光の柱が上がる。大地から放たれた幾条もの閃光はまさしく天衝く地球光。
降る星の雨と地から衝き上がる閃光の多段攻撃。霧の中心へと無数の光が注がれる。
これは避けられない——誰もがそう信じて疑わなかっただろう。
だが、霧が散ったそこに人形の姿は、ない。代わりに豌豆の花弁が舞うのみ。魔法使いは小さく舌打ち、吐き捨てる。
「外したぜ」
霧の中心だった場所から少し逸れた位置に、舞う花弁に守られるようにしてその毒人形は立っていた。
「こないだよりも、手強くなってるかもだぜ」
などと零しながらも、続けて符を翳す。
宙を掃くように空を滑り、その周りに幾つもの魔法陣を描いていく。辿る軌跡の後には天の川が如き光の帯。寸後、魔法陣が拡散。呼応するように光の帯が大きく弧を描き、毒人形へと降り注ぐ! 流れ流れる小銀河。星の砂の合間で人形はやり過ごそうと試みる。
が。
「かかった!」
それこそが魔理沙の策。身動きの取れない人形を正面に捉え、懐から八卦炉を取り出し、魔力を集中させる。
「出力は抑え目にしとくかな」
集まる光。八卦炉が程よく白んだところで、一気に照射される。太い光の筋。いや、筋というよりももはや光の塊だ。最大の閃光。どこが抑え目なのか問い質したくなるけれど、おそらくはこれで決まるだろう。
しかしながら、私は忘れていたのだ。切り札を使えるのは相手も同じであるということを。
迫る巨光を前に、彼女は悠々と符を翳す。
「毒に溺れて眠りなさい!」
閃光が押し返され、一瞬できた降る星雨の合間、その刹那に霧を撒き、素早く死線から身を逸らす。結局、必殺の光は虚空を薙ぐに終わる。
そしてその直後、体勢を整え直した人形の周囲からどす黒い塊が吐き出される! これは毒の霧だ。圧縮されて高密度になっているのだろう。拡散するにつれてそれは紫に薄れていく。これに呑まれたら確かにひとたまりもない。
が、相応の間合いを取っていた魔理沙にそれは僅かに届かない。符を見て即座に後退した判断の潔さもあっただろう。
「これじゃ埒があかないぜ」
退がってきた魔理沙が私に声をかける。
「そうね。何か方法は?」
「考えるのは私の仕事じゃないだろう」
半ば愚痴めいているが、
「それもそうね」
気にはしない。そもそもまず後方に附いたのは私なのだし。大体、この毒の中気分良好でいられる方がどうかしている。
さて、今私たちは毒の薫る鈴蘭畑を駆けている。弾を放ち、掠め、また放っては、弾幕の中を駆け抜けていく。
こうなるに至った経緯はと言えば、それは遡ること数刻前。私が図書館で静かに本を読んでいたときに始まったといっていいのだろう。そう、魔理沙が私に持ってきたあの話だ。
少し思い返してみようか。