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ドリームキャスター(demo)

『——はい。というわけでね。今日はこのキャッスル・オブ・セブンリーグというゲームをやっていきたいわけなんですけども』
 ヘッドフォンから流れるのは、ちょっと滑舌が独特な感じの女の子の声。
 俺はいまインターネット動画配信サイト「ピコピコ動画」の生放送画面を見ている。放送名は「ドリームキャス子のお絵描かないゲーム実況」。
 ドリームキャス子というと声から配信主が女の子だと分かる。HNだけだとネカマの可能性もって感じだけどそれもない。声は明確に女の子のものだからである。学生なのか社会人なのかは判別できないが、特徴的な滑舌からなんとなく幼さを感じさせる。
 お絵描かないということは、普段は絵を描く作業光景の配信とかやってるんだろう。FixivでHNを検索したら絵とか見れるかもしれない。
 もっとも、さる情報筋からこの声の主が高二……俺と同い年の現役女子高生であるということは把握している。
 ピコ動の配信者の身バレ……インターネットの闇を感じる……。
 俺の名誉のためにいっておくと、俺が調べたわけではない。というか俺もかつて「彼女」に「調べられた」側の人間であり、言ってみればこの生主とは被害者同士である。同盟を結んでもいいまである。が、加害者である「彼女」——さる情報筋に逆らってはいけない。絶対に逆らってはいけない。逆らえば身バレよりももっと恐ろしい目に……いや、そんなことよりも、いまは目の前のJK生プレイ実況のほうが重要なのだった。
 ところでJK生プレイ実況っていうと途端にいかがわしくなるな? まあ、プレイっていってもゲームなんだけども。
 PCのモニタはちょっと古風な感じのゲームのタイトル画面を映し出している。
 タイトル画面を背景に「わこつー」なる文字列が次々に右から左へと流れていく。俺も「びていこつー」と打ち込む。「こんにちは」くらいの意味である。
『はいはいどもども、わこありですよー。って、え、びていこつて、フフッ』
 ウケてる! うれしみ。
 ドットで描かれたタイトルは『Castle of the Seven League』——さっき生主が言ったままだけど、そのまま日本語に訳すと「七リーグの城」になる。リーグは距離の単位なので、意訳するなら「七里の長城」ってところか。途端にスケールが小さくなってしまった。ちなみに七リーグはアーサー王伝説に出てくる七リーグの靴に由来する。
『えっと、このゲーム、PC用の国産フリーゲームなんですけども、昔懐かし古き良き、8ビット時代の趣を感じさせる横スクロールアクションでして、ちょっと画面をみてもらうと——』
 ジャキーンと硬質なSEが響き、タイトル画面がフェードアウト。ついで、ドットで描かれた古城を背景に、城壁の上に経つ鎧の騎士の姿が現れる。勇ましい矩形波のBGM。
『はい。これがゲーム画面ですね。えーと、基本的にはですね、こう、画面を右へ右へと進んでいくタイプのゲームになっています』
 鎧の騎士が右へと歩き出す。
『このグラがねー、またかわいいんですよ』
 腕を振り足を交互に前に出す歩きモーション、と言葉にするとなんてことない感じに思えるが、わずか16×16ドットという小さなピクセル数でこれだけの表現をするのがいかに大変か俺はよく知っている。まさに匠。
『攻撃とか、あとジャンプもね、ほら! かわいいでしょ~! ドヤ~、ドヤ~。って、私が作ったんじゃないんですけどね』
「かわいい」「かわいい」とコメントが流れる。これはどっちかな? どっちもかな?
 後でタイムシフト再生して「ドヤ~」のところ音声切り出そ。
『このかわいさにね、もう一目惚れですよ~。私もこういうゲームのドット絵とか描いてみたいですね~って、きょうはお絵描かないんですけど。はあかわいい……』
 うんうん。そうやね。かわいいグラフィックやね。
 でも、俺は知っている。
 見た目ほどこのゲームがかわいくないということを。
『実は私このゲームまだちゃんとプレイしてなくって、デモ動画見ただけだったりするんですよね。ほぼ初見プレイみたいな。初見なりにね、がんばっていこうと……あっ、鳥さんだ! 鳥さんかわいい! パタパターって、えっ』
 画面右上空より現れた鳥が、突如として急降下、鎧の騎士を襲う!
 一撃で三つあったライフがすべて弾け飛ぶ。
 城壁の上に倒れ伏す騎士を後に残し、鳥はV字に上昇して去っていく。
 プレイヤーの死を表現するなんともアンニュイなジングルをバックに、「どんまい」「乙」「南無」などの文字列が画面に次々流れてくる。
『ちょっといまのどういうこと……? 避けられなかったことない……? ていうかそもそもライフ三つあったのに一撃……? ライフの意味……人生とは……』
 困惑する放送主。困惑のあまり人生の意味を探し始めている。よせ! 帰ってこられなくなるぞ!
 が、すぐに気を取り直したようで、
『……まあ初見殺しとかね、よくあるからね。こういうのはね、一回見ればね』
 と、ゲームを再開する。再び城壁の上に立つ鎧の騎士。
『こいよ鳥ヤロー! 武器なんて捨ててかかってこい! そい! ここで、ジャンプ!』
 鳥の急降下に合わせ、タイミングよくジャンプ。やるじゃん。一発でタイミング合わせるのなかなかむずかしいんだよね。この生主の放送見るのはじめてなんだけど、けっこうゲームうまいんじゃないか。
 ま、それじゃだめなんだけど。
『ほら避け、えっ』
 急降下は確かにジャンプでかわせた。しかし鳥の攻撃は終わっていなかった。いまだ空中にいる鎧の騎士めがけ、向きを反転、急上昇。無残にライフが弾ける。
『は? え? なにいまの。いやさっきV字に上昇したでしょ? なんで反転するの? おかしくない?』
「ランダム」「ランダムやよ~」と視聴者のアドバイスが流れる。
『え、ランダム? この鳥ランダムに向き変えるの? 動き読めなくない?』
 そう。このゲーム、鳥にかぎらず敵のAIは不規則に移動しがちであり、読みにくい。なんでそんな動きするねん、という挙動も結構多い。高度に制御されたAIは覚えてしまえばむしろ攻略しやすい。乱数任せというのが、ときに製作者も想定しないほど理不尽な結果を引き起こす。まあ運が悪かったよね。
『え~……これどうやって避けるの?』
 言いつつも、再挑戦する生主。
 再び現れる鳥。
『あっ鳥来た、鳥ヤダ、鳥っ』
 あわてる生主に、無慈悲に鳥が襲いかかる! 必殺の急降下!
『あっこれ、降下してきたら、こうか! 降下だけに』
 えっ? いまなんて?
 俺の困惑に構うことなく、ゲームは進行していく。鎧の騎士は鳥に背を向け、後退。騎士の上空をかすめながら鳥が上昇する。そう、鳥の攻撃範囲に入らない、というのが正解だ。それは正解なんだけども。
 鎧の騎士の華麗な回避行動が決まると、間髪おかずに画面に「こうかだけに」「こうかだけに」なる文字列が一斉に流れ始める。
 なにこれ……。
『いや~いまのは効果的だったね~降下だけに』
「こうかだけに」「こうかだけに」
 もういいわ!
 もしかしてそういう配信? そういう系の実況? 女子高生じゃなくて女子高生の声真似したおっさんでは? いやこんな声質のおっさんいやだな……。おっさん並の思考の女子高生もどうかと思うけど……。でも、おっさん並の思考のおっさんよりはいいのかな……それもうただのおっさんやけど……。


 三十分×二枠の計一時間かけて、なんとか最初のステージをクリアしたところで、放送終了の時間となった。その間に死んだ回数は五十を超える。何回死んでも一度も作者に対して一切の苦言を呈することなく楽しそうに「死んだー!」と言いながらプレイしていたのが印象的だった。ちょいちょい紳士ジョーク(精一杯の婉曲的表現)が挟まるのは……いや、ちょっとクセになるかもしれない……あとでタイムシフト再生して……。
『いやー死にゲーでしたねー。みなさんも死にたくなったらこのゲームをプレイするといいと思いまーす。以上、おつきあいありがとうございましたー。それではまた次回、ごきげんよう~』
 画面が暗転する中、「おつかれさま」や「乙」などの文字列が流れていく。
「ふー」
 椅子にもたれかかって、軽く伸びをしつつ、ぼんやりと放送内容を振り返ってみる。
 このゲームが作られたのはいまから三年くらい前になる。
 当時はまるで無名のゲームであり数少ないプレイヤーも「バランス悪すぎ、クソゲー」という評判がらだった。こんなふうに和やかに実況できるようなシロモノでは決してなかった。
 過去形なのは、いまはそうではないからだ。
 去年の末頃に突然のバージョンアップ。
 グラフィックはすべてあらたに描き起こされ、シロウトの下手くそなドット絵から、当時の8ビット機にありそうな水準にまで向上。フリー素材を使ったSEやBGMも全てオリジナルのものに差し替わっている。
 ゲームバランスも見直され、プレイを繰り返すうちにクリアできるレベルにまでなった。それでも充分すぎるほどの高難度だが、当時の難易度を大幅に変更することはゲームの本質をスポイルするからやらない、だそうだ。
 ちなみにライフが一気に三つ減るのは仕様ではなくバグである。一フレームの間に同時に複数の攻撃エフェクトに接触すると、接触した分だけ重複してダメージを受ける。鳥の急降下は特に多くの攻撃エフェクトが重なっているので最大でライフ十個分程度のダメージを受けることがある。クソゲーかな?
 どうしてそんなに詳しいかって?
 そりゃ……これを最初に作ったのが俺だからだよね。
 自分のゲームを他人がプレイする実況動画を見る。
 死。
 あえて自殺行為に臨んだのは、逆らうことのできない人間に指示……いや、命令……ではなく、されたからである。
「きょうは、これからななじょーがつくったゲームのなまはいしんがあるので、みること」という文面(怪文書かな?)とともにピコ生ページのURLが送られてきたときはどうしようかと思ったが、俺は「彼女」に逆らうことができないのですぐにブラウザを立ち上げてURLにアクセスした。
 ななじょーというのは俺のことである。勘の良い人はわかったと思うけど……高校二年の俺が三年前に作ったゲームだからね。死にたい。
 死の配信を見ても俺が生きていられたのはではなくなったからかもしれない。カワイイドット絵もBGMも俺の手によるものではない。俺だけのゲームではなくなったから、そんなにつらくはなかった。たぶんそうだろう。
 「彼女」はそれに気付かせるためにピコ生を見るように言ってきたのかもしれない……いや、それは……ないな。
 メールの着信を示す通知音。送り主は「彼女」である。
 「彼女」は私利私欲でしか動かない。
『したにかいたぶんしょうをこぴぺして、さっきのなまぬしにメール。よろしくね~』
 いわれるがままに怪文書をコピーし、生主のアドレスに送信——の前に、件名どうするか書いてないな。こっちで決めていいのかな。てきとうでいいか。
「送信っと」
 それにしてもこの文面……どうなっても知らんからな。


件名:びていこつ
本文:
ドリームキャス子 こと いさなわこうこう2ねんCぐみほしかわめぐりこさんへ
あなたのことはよくぞんじております
つきましてはあすのほうかご、とくべつきょうしつとうの1F、開発二部のぶしつまでくること
こないばあい、おまえのこじんじょうほうはしぬ

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